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時間 時間 時間に怯えない 時間 時間 [労働日~非労働日]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実家に帰る予定だった19日、例のごとくやっぱり夕方まで起き上がることができず、帰省1日延期することになってしまったので、それを教訓にして20日の昼過ぎまで一切眠らず、ゆっくり準備をして、ムクにごめんごめん言いながら家を出て(しばらくしてメガネ忘れたことに気づいた)、バスに乗ってあおなみ線に乗って名古屋駅に行って、大阪までの新幹線の切符を買ってホームに向かったら、ドアに不具合が生じたとかで新幹線の名古屋駅(のダイヤを管理する人やアナウンスをする人や電光掲示板)が混乱してて、新幹線が全然出発してくれなくて、17:30大阪駅発の高速バスに間に合わなくなってしまい嫌々新大阪で降りてトンネルの中の排ガスだらけで汚くて車の走行音や歩行者の声でうるさくて嫌いなバス停に行って、寒い中30分くらい待って、知らない女の人から「あの、人を待ってるんですか?グッドウィルの方ですか?」と声をかけられて、違います、バスを待ってますと言ってさよならして、10分以上遅れて到着した高速バスに乗って、すぐに渋滞に巻き込まれて、岡山県に入ってしばらくした辺りからバスの中は僕と運転手さんだけになって、結局40分ほど予定から遅れて21時過ぎ、名古屋を出てから6時間近く経ってようやく実家の自分の部屋に着いて、羅に部屋の写真でも送ってくれと言われたのを思い出して、白目向いた自分と一緒に部屋の廊下側にある窓の写真を撮って、一息ついて、本棚を漁ってみたらハロウィンやらガンマ・レイやらフェア・ウォーニングやらのヘビメタCDが大量にあるのを見つけて、それでふと「アングラ」が「アンダーグラウンド」の略だと気づいたのは20歳過ぎだったこと、それまではブラジル出身のメタルバンド「ANGRA」のことを指す言葉(ANGRAのような空気のするものごとを形容する言葉)だと本気で思ってたというあまりにも恥ずかしい過去を思い出して、なんとなくヘッドバンギングして遊んでみて、さらに本棚を漁ってみたらシャズナやらペニシリンやらアインス・フィアやらルアージュやらブルーやらロマンス・フォーやらのヴィジュアル系CD(主にインディーズ盤)(地元には売ってなかったので雑誌を読んで配達で稼いだ金を注ぎまくって通販で買い漁ってた)が大量にあるのを見つけて、なんとなくヴィジュアル系っぽくなって遊んでみて、ご飯食べてクスリ飲んで、でも眠れそうになかったから真夜中に少し台所の日本酒を盗み飲みしてiPod聴きながらソファで寝て、頑張って昼過ぎに起きて、全然乗りなれていないチャリに乗って必死に津山の中心街(?)に出てアルネ津山(名前の由来は「何でもあるね!」)(見事に何も無いけど)に自転車停めて母親の車(マーチ)(乗りなれるとすごく乗りやすくて、欲しくなった)をスペアキーで借りて、再びアルネ津山に行って酒等を購入して、愛想の悪い店員さんに駐車サービス券を貰って(アルネ津山は、5円チョコでも何でも、何か購入したら駐車が2時間無料になるサービス券が貰える)、5階辺りの駐車場から道路まで、「やっぱり盆地だなあ」と少し考えながらぐるぐる降りて、ダッシュボードの中にラルクの『True』が入ってるのを見つけて懐かしさだけを動機にそれを小音量でかけながら、車で20~30分、おじいちゃんのお墓参りとおばあちゃんのお見舞いのために、(津山市に吸収合併された)久米へ。

 

記憶の中の故郷の縮図のような風景の中のおばあちゃんの家の下に車を停めて、外へ。

 

自分のことを覚えてくれてるかもわからないのでなかなか家に上がる勇気が湧かず、とりあえず携帯灰皿を片手にタバコを吸いながら、ちっちゃい頃おじいちゃんや従兄弟たちと魚やサワガニを捕ったりして遊んだ川へ。

 

本当にびっくりするくらい小さくて、驚いた。

 

幅、2~3メートルくらいだったかなあ。

 

 

 

ここで、昔の自分は、おじいちゃんと、

 

畦道のマムシを一刺しで退治して、皮を剥いで少し舐めて、僕に持って帰るように言ったりすることができるくらい元気だったおじいちゃんと、

 

おじいちゃんすごいなあ毒大丈夫なのかなあとか思いながらスキップしながらニコニコしながらおばあちゃんのもとにそのマムシを持って帰ったりしてた、今の自分の半分くらいの大きさで今の自分より倍以上に全ての風景が大きく見えてた自分は、

 

 

 

よくわからない。

 

 

 

しばらく眺めてた。

 

当然ながらサワガニはいなかったけど、小さな滝の下の、少し深くなっている辺り、昔泳いでいた辺りには、たくさんの小魚がすごい速さで泳いでた。

 

しばらく眺めてた。

 

 

歩いて数分の距離になってしまったおばあちゃんの家に向かった。

 

ドアをノックしてみた。

 

反応無し。

 

ドアを開けて「こんにちは」と言ってみた。

 

反応無し。

 

中に入って、天井のツバメの巣を見上げたりした後、もう一度声をかけてみたけど反応が無いので、土間から手を伸ばして部屋のドアを開けてみたら、マッサージチェアにおばあちゃんが座ってて、こっちを見てた。

 

思わずびっくりして、少しして我に返って、「おばあちゃんわかる?」と言ってみた。

 

首を横に振って「わからん」と言われた。

 

おじいちゃんのお見舞いのときのように、母親(おばあちゃんの娘)と自分との関係を説明する。

 

しばらく説明したら、目を見開いて「ああ!」と、思い出してくれた。

 

(それでもしばらくは兄と勘違いされたけど。)

 

「なんか赤い服着とるし髪長いけんどこの女の子が来たんかと思うたんじゃわ」とか言われて、少し苦笑した。

 

来た理由を説明。

 

ゆっくりマッサージチェアから降りて、「何か供える物はないかなあ、急なことじゃけんなあ、びっくりしてしもうたわ」とか小さな声で話しながら、外に出るおばあちゃん。

 

お墓に案内してもらうために一緒に車に向かう。

 

手拭いを頭に巻いて、その辺で拾ったようなボロボロの竹製の杖を突いて、色々と話しながらゆっくりと歩くおばあちゃんと、手の貸し方もわからず、同じ速度でおばあちゃんの横を歩く、オレンジ色のカーディガンを着た自分。

 

出発して少ししたら、「(シート)ベルトはせんでええか?」と言ってきた。

 

思わず笑いながら「せんでもいいよ」と言った。

 

「警察がおるかもしれんけんなあ」と言うおばあちゃん。

 

「おらんよ、大丈夫」と言う自分。

 

「立派なところに入れてもろうたけんなあ」

 

「まだうちと誰々さんところの2軒しかお墓ないんじゃ」

 

「あそこの誰々さんの子どもがこないだ就職してなあ」

 

色々なことを、独り言のように僕に話しかけるおばあちゃん。

 

思ってたよりは元気でよかったと思いながら、やっぱりちゃんと会話できない自分。

 

山の中の、あまりにも不自然なくらいに綺麗に舗装された道路をしばらく走っていると、墓地に到着。

 

本当に綺麗なところだった。

 

おじいちゃんの墓石は、本当に立派だった。

 

「水かけたら寒いけんなあ」と言いながら、煎餅を供えるおばあちゃん。

 

おじいちゃんのお墓の横の、僕は名前も一切知らない親族のお墓一つ一つの上に煎餅を供えるおばあちゃん。

 

この人たちのこと、みんなおばあちゃんは知ってるんだよなあとふと思って、不思議としか言いようのないような気持ちになった。

 

煎餅を供えながら、お墓の中の一人一人に向かって話しかけてるおばあちゃん。

 

おじいちゃんのお墓に「おじいちゃん寒いじゃろう」と話しかけるおばあちゃん。

 

墓、墓、戒名、おじいちゃん、おばあちゃん、僕の知らないこと、おばあちゃん、おじいちゃん、九十一歳、おじいちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん、おじいちゃん、

 

しばらくおばあちゃんを見てた。

 

本当に今にも向こうに行ってしまいそうな気がして、「おばあちゃん大丈夫?」と聞いたら、「おばあちゃんは息しとるだけじゃわ」と言った。

 

何も返せなかった。

 

おじいちゃんのお墓の前で、しゃがんで、「おばあちゃんは生きてるよ」とか、「家族不幸な孫で本当にごめんなさい」、そんなことを考えながら、手を合わせて、目を閉じた。

 

最初におじいちゃんのお見舞いに行ったとき、同じ病院に入院してたおばあちゃんが「入院したばかりの頃はおじいちゃんもタバコ吸っとったんじゃけど、今はもうそういう元気ものうなってしもうてなあ」というようなことを言っていたのを名古屋を出る直前に思い出して、お供え物はタバコにすることにしてた。

 

「ごめん、お供え物、タバコしか思いつかんかった」と言ってタバコ一箱をポケットから出したら、おばあちゃんは全く予想もしてなかったくらい喜んでくれて、少しほっとした。

 

「おじいちゃんタバコ好きじゃったけんなあ」「タバコならカラスに食べられんなあ」「おじいちゃん好きなだけ向こうで吸えるなあ」

 

心から嬉しそうな顔をして、そんな言葉を繰り返してくれた。

 

雨が降ったらタールでお墓が汚れちゃうんじゃないかということばかり僕は心配してたのに。

 

おばあちゃんに「ありがとう」と言って、お墓にタバコを置いて、もう一回手を合わせて目を閉じた。

 

帰り道。

 

夕方4時半前。

 

色々な話をしてくれた。

 

神戸の従姉妹が、恋愛結婚をして、一度曾孫を連れて遊びに来たとか。

 

(結婚したことさえ知らなかったので少しびっくりした。)

 

おじいちゃんのお葬式で喪主を務めた伯父が、小さい頃、よくそこの池に泳ぎに来てたとか。

 

その伯父が10歳の頃、今の家を買って引っ越してきたとか。

 

あの山の向こうに昔の家があったとか。

 

今ぐらいの時間になったらようやく陽が当たる家だったとか。

 

頭の中で、時間がずれていく。

 

ひどくまともで、全然嫌じゃない感覚。

 

道を一本間違えた。

 

間違えたことに気づいて、僕もおばあちゃんも笑った。

 

「こないだお母さんと来たときも間違えて、どんどん山の中に入っていってしもうたんじゃわあ」

 

この日初めて素直に笑った。

 

家に着いて。

 

おばあちゃんが、「おばあちゃんはもう86じゃけん、もう長くは生きれんわ」と言った。

 

こういう重い言葉に対して、まだ26歳の、60も歳の離れている人間は、どういう言葉を返せばいいんだろう。

 

「また会いに来るね」「また会いに来るけん」「また会いに来るよ」「また会いに来るから」

 

語尾だけ変えて、そればかり繰り返した。

 

おじいちゃんに言ったときとは違う気持ちで、そればかり繰り返した。

 

涙目で「わざわざすんませなんだ」「ありがとうなあ」「また来てなあ」と言うおばあちゃん。

 

どれだけ拒んでもお金を渡そうとしてくるおばあちゃん。

 

手持ちの財布には800円くらいしか入っていなくて、お金を取りに家に上がろうとするおばあちゃんを必死に止める。

 

800円全部を渡そうとしてくるおばあちゃん。

 

「ほんとに要らんから」と言う自分。

 

それでも、「タバコ吸うんなら、せっかくタバコ供えてくれたんじゃけん」と言って渡そうとするおばあちゃん。

 

「お供え物なのにお金要らんから」と言う自分。

 

「それじゃあおばあちゃんの気が済まんのじゃわあ」と言うおばあちゃん。

 

僕はこんなにも余計なことばかり考えるようになってしまったのに、おばあちゃんの前にはただ少し以前より歳をとっただけの「孫」がいるんだなあというようなことをぼんやり思った。

 

結局、500円玉を無理やり財布に返して、300円だけ受け取った。

 

「ありがとうね」と言って、頭を何度も下げながら、車に向かった。

 

車に乗って、道に出て、ふと見上げたら、おばあちゃんが杖を突いて庭まで出てきて見送っててくれた。

 

ああ、やっぱりあの人はおばあちゃんなんだと思った。

 

何度も振り向いて、手を振った。

 

見えなくなるまでずっと庭から見送ってくれた。

 

完全に見えなくなるまで走ったところで、車を停めて、外に出て、タバコを吸った。

 

薄暗くなって、寒くなるまで、外でぼーっとしてた。

 

 

 

 

 

 

 

次は、いつ行こう。

 

いつ行くんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、今回の言葉こそは、約束にしなきゃいけない。

 

おじいちゃんの時のように、次に会うのは意識のないおばあちゃん、そんなのはもう嫌だ。

 

絶対に嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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